2025年10月14日火曜日

横行する退職妨害(弁護士山口毅大)

 適法に退職した労働者に対し、退職したことを理由に、使用者が退職した労働者に対し、損害賠償請求をするケースがあります。
 しかし、このような請求が認められないことはさることながら、訴訟に至った場合には、使用者側の提訴自体が、訴権の濫用として、違法となり、逆に労働者がこのような不当訴訟を起こしてきた使用者に対して、損害賠償請求ができる場合もあります。
 また、退職の意思表示をしても、代わりの労働者を連れてこないと辞めさせない等と言って、退職をさせないように妨害する使用者もいます。
 ですが、代わりの労働者を見つけてこなくとも、退職をすることができます。
 残念ながら、退職妨害関係の相談が一定数寄せられていますので、もし、お悩みでしたら、ご相談ください。

実現したい安心の介護(中村 剛士)


若者ネットワーク宮前は223日に「実現したい安心の介護」という題で神奈川県保障推進協議会事務局長の根本隆さんのお話を聞きお茶を飲みながら語り合う企画を行いました。

 参加者は14人でお茶やコーヒー、お菓子などを用意し終始和やかな雰囲気でした。

 最初に介護保険の制度がある国は日本、韓国、ドイツ、イスラエルだけであり台湾は導入を目指したけど断念、ドイツは医療と一体で運用していると話されました。

 介護保険は社会保障制度の一つのため社会保障制度の成り立ちと変化について話されました。

社会保障制度は憲法25条に基づく制度ですが2000年代に作られた制度からは憲法の規定も記載されておらず、さらに20128月に民主、自民、公明の三党合意で成立した社会保障制度改革推進法で国の責任から個人の自立の支援にすり替えられ、安倍政権時代には年金が5兆円も減らされたということでした。

 次に介護保険の成り立ちと現状について話されました。介護保険は2000年にスタートし介護の社会化を目的に始まりましたが、原則に対して実態がともなっておらず介護には認定を受けなければならないとか認定を受けるには時間がかかるということを話されました。

 介護保険の財源と仕組みについて介護保険給付費のうち国は1/4しか払っておらず利用者がサービスを使えば使うほど保険料負担が増えること、要介護度に応じてサービス内容や利用限度額が制限される制度で最初から「保険あって介護なし」といわれていたこと、介護保険利用者が650万人に対して保険料を払っているのは7600万人もいることなどが話されました。

 訪問介護の介護報酬について一部大手事業者や建設会社が行っている高齢者住宅併設型の在宅介護施設が収差率を引き上げたため国は介護報酬を引き下げたことを説明していました。そのため一般の訪問介護施設の36.7%が赤字であり介護施設の倒産も相次いでいるそうです。

 市区町村介護保険事業計画の介護予防・日常生活支援総合事業について資格持ったヘルパーが行う従前相当サービスと資格を持たない人が行う緩和サービスがあるが全国的には従前相当サービスの利用者が多数を占めていること、神奈川県の市区町村別にみると川崎市が緩和サービスの利用者が100%になっていることが話されました。

 川崎市では講習等を行っているにもかかわらず緩和サービスを担当する人が集まらず、資格を持ったヘルパーが緩和サービスを行っているため介護報酬が従前相当よりも低く苦しくなっているとの補足がありました。

 現在介護請願署名を進めており制度改善、介護報酬の底あげ、改悪阻止、処遇の改善を求めているとのことでした。

 講演の後は質疑応答となり、実際の介護の相談等がありました。

 

2025年1月20日月曜日

社会保険未加入な事例(児玉桃太郎)

 

月にある都市でのお話です。

 

Aさんは個人輸入した治療薬を使用していましたが持病の症状は徐々に悪化し、ある日路上で倒れ救急搬送されました。2週間の入院の必要があり、病院から収容地での生活保護申請の一報を行いました。

もともとAさんは観光業に就いていました。2020年の新型ウイルス感染症の『社会的流行』により人と人との関係、交流、往来は分断され、インバウンド景気で湧いた街は一転しました。非正規で働くAさんの仕事は簡単に奪われます。治療費の捻出ができず既往の持病に苦しみ、職に就けず、家賃は滞り、住居を失いました。

生活保護の受給を開始し、Aさんは経済的な自立を目指してアルバイトを始め、職業訓練に通い始めます。しかし居住地から遠方の職業訓練校とアルバイトの二重生活となり、遅い終業はAさんの足をネットカフェへ向けます。生活保護は失踪廃止、ネットカフェで夜を過ごすようになりました。Aさんは連日同一の職場にも関わらず『日雇いアプリ』を通じて働かせられているため社会保険からは排除されていました。また、住民票を抹消されたため国民健康保険の手続きもできない状況になっていました。

 

Bさんは退勤途中の路上で倒れ込み救急搬送されました。そのBさんはその数日前から頭痛を訴えていましたが、それまでにも容姿を理由になかなか職に結びつかないことを経験していたBさんは無理をしてその日も出勤しました。緊急手術の結果一命は取り留めたものの四肢の麻痺という重い障害が残ることになりました。Bさんは同じ現場で10年間同じ仕事をしていました。しかし、派遣会社を定期的に変更し個人請負の形を取らされ、社会保険からは排除されていました。入院となったBさんには高額な医療費がかかる一方で、所得保障が受けられない状況にありました。生計をほとんど共にしていない同居家族がおり、わずかに生活保護基準を上回るために生活保護にも該当しません。また重い障害を負ったが故に自宅にも退院することが困難となり、帰る先に窮することとなりました。

 

Aさんは退院先として賃貸物件の調整を試みましたが、失踪廃止の前歴により認められませんでした。某市の簡易宿泊所火災事件以降、帰住先のないケースは福祉施設などの利用を経て、賃貸物件などの居所を調整することが多くなっています。しかし施設では集団生活となり、一定の窮屈を強いられるため、案内を受けて行方しれずになる方も少なくありません。Aさんも「ネットカフェの方がまだ自由で設備もいい」と訴えましたが、住まいではないネットカフェでの保護の継続はできないと判断されました。Aさんは結句退院後福祉事務所には現れずネットカフェに戻ったようです。

 

Bさんは入院後一定期間過ぎたのちに世帯の分離による生活保護申請を試みましたが「Bさんを含む場合に世帯が生活保護となり、Bさんを分離した場合に世帯が生活保護とならない場合にのみBさんを世帯から分離し、単独世帯として取り扱う」とそれ以上には進めませんでした。Bさんが支えるべき社会保障制度を支える状況にあれば選ぶことができた選択肢は残念ながらBさんには与えられませんでした。

 

脆弱な就労状態を許容する法、予算ありきの公的扶助、幸福不追求、居住・移転の不自由、便利そうな電子アプリ、環境汚染、ヘルスリテラシー、愛情…etc.この社会にある多重の差別、排除、周縁化、疎外、孤立が、ある人の心理的・身体的健康状態に影響を与え、私たちの前に立ち現れます。ひとつひとつの支援では既存資源を最大限活用し切る他ありませんが、この全人的な痛みの緩和を行うに、あまりにこの社会は未熟(資源、社会には『私』を含む)ですから、私たちは『共感する他者』として、目の前の傷つきやすい人間と顔を突き合わせ続けなくてはなりません。それは成熟した社会を目指す行動とともに。