Y弁護士:夜になると顔色が悪く(=青く)なる弁護士。同じ事務所の姉弁からお土産に天然素材の脱毛クリームをもらう。
Z:Y弁護士の母校の後輩。現在,飲食店でアルバイトをしている。
Z:Y弁護士の母校の後輩。現在,飲食店でアルバイトをしている。
※ ある川崎の鰻屋にて。
Y「ここの鰻屋さん,美味しいでしょ?」
Z「はい」
Y「川崎で一番美味しいと思うね。思わず『無類である』とつぶやきたくなってしまう」
Z「そうですね」
Y「君の微笑をたたえた表情が鰻の美味しさのすべてを物語っているよ。嫌みにならない程度にほどよく乗っている脂,泥臭くなく,ふっくらとした身,鰻そのものの素材を生かすタレが脂とともに相互に高め合って・・・・・・」
Z「Yさん」
Y「なんだい?」
Z「なんだかんだで,Yさんがすべてを物語っていますよ」
Y「・・・・・・。それはともかく,相談ってなんだい?」
Z「私,今大学2年なんですが,司法試験を目指して,本格的に勉強をしようと思っているんですよ」
Y「ほう」
Z「それで,大学1年からやっている飲食店のアルバイトを辞めようと思って,店長に来年の3月に辞めると伝えたんですよ」
Y「うんうん」
Z「すると,店長が『君が辞められたら困るんだよねぇ・・・・・・せめて大学卒業するまでは働いてよ』って言ってきたので,私は,断ったんです。断ったら,突然店長が激昂して『君がどうしても辞めるんだったら,これまで割ったコップ,お皿の損害賠償請求するから覚悟しておけ』って言われたんです。」
Y「どういう状況で,食器を割ったの?」
Z「通常の食器洗いの際に,いくつか割ってしまっていて,他の人と差はないと思います。店長も,特に,食器を割っても弁償しろとか言ってきませんでしたし,実際に,請求されたことはありませんでした。バイト先の今も働いている友達や辞めた友達にも聞いたんですが,誰も請求されたことはなかったと言っています。」
Y「なるほど」
Z「民法の講義(不法行為法)で習ったんですが,やっぱり,過失があるから損害賠償しなければならないんですよね?」
Y「いや,そうとも限らないよ」
Z「えっ?! 本当ですか?」
Y「今まで,嘘のこと以外は本当のことしか言ったことがないから間違いないよ」
Z「そうなんですね……って当たり前の事じゃないですか」
Y「ごめんごめん」
Z「それで,損害賠償しなければならないのは,どうしてですか」
Y「些細な不注意,たとえば,飲食店で食器を割ったり,釣銭を多く払いすぎてしまうことは,日常的に,一定の割合で発生するものでしょ」
Z「はい」
Y「使用者は,そのようなことは当然予見できるものだし,労働者を使って利益を上げていることから,そういった労働過程上の軽過失によって生じる損害というリスクは,労使関係における公平の原則から使用者が甘受すべきだと考えられるんだよ」
Z「へぇー,そうなんですか。そうすると,わざと損害を与えたり,不注意の程度が重いと損害賠償責任を負うことはあるんですか」
Y「鋭い質問だね。まず,窃盗や業務上横領等の犯罪をして損害を与えた場合などは,全額について賠償義務を負う可能性が高いね。他方,重過失,すなわち,不注意の程度が重くても,損害の公平な負担という見地から,一定限度に限って賠償を認めるのが大半で,全額賠償を認めることはほとんどないね。」
Z「なるほど。どういった点に着目して,判断されるんですか」
Y「一概にはいえないけれど,①労働者の不注意の程度,②使用者側が労働者に対してどの程度教育・訓練したか,どれくらい業務命令を周知させていたか,保険の有無などの管理体制の内容,③労働者の資力や労働条件の劣悪さといった労働者の置かれた状況などが考慮要素だと考えられているね」
Y「一概にはいえないけれど,①労働者の不注意の程度,②使用者側が労働者に対してどの程度教育・訓練したか,どれくらい業務命令を周知させていたか,保険の有無などの管理体制の内容,③労働者の資力や労働条件の劣悪さといった労働者の置かれた状況などが考慮要素だと考えられているね」
Z「そうなんですか。そうなると,私の場合は……」
Y「話を聞く限り,損害賠償責任は負わないだろうね」
Z「これで安心してご飯が食べられます」
Y「街角で無料労働相談をしていると,学生さんから,そういった相談を受けるね」
Z「そうなんですね」
Y「他にも,大学生から『労働組合って何ですか?』という質問を受けたことがあるね」
Z「私自身も,きちんと理解しているかといわれると……」
Y「多くの人は労働者になるのだから,自らの身を守るためにも,そして使用者になる人も,労働者の権利を侵害しないためにも『ワークルール』をしっかり学ぶ必要があるね」
Z「そうですね。実感しました。でも,なかなか,学ぶ機会がないような気がするんですが」
Y「鋭い。たとえば,『残業代ゼロ法案』の問題の前提となっている,労働時間規制について,育鵬社の中学校の公民の教科書では,『1日8時間労働制』としか記述されておらず,どのような内容なのか,どうして規制されているのかなどについて,全然書いてないんだよ」
Z「へぇー,そうなんですか?」
Y「このようにワークルールを十分に教えない一方で,『職業には責任がともないます。責任を果たしていくには,ときには苦労や忍耐も必要になります』という記述があるんだよ。権利を十分に教えないまま,責任,苦労,忍耐の必要性を説くことで,労働者が自らの権利が蹂躙されているのに気が付かずに,責任,苦労,忍耐の掛け声の下,労働者が追い詰められていき,過労死,過労自死,精神疾患の発症などを招いてしまうんだよ」
Z「そうなんですね。私もこれを機にいろいろ勉強したり,友達に話してみます」
Y「そうだね。まず,自分の周りの出来事に対してアンテナを張って,何かおかしいと思ったら,調べたり,いろいろと議論したりして,必要であれば,行動に移すことが大切だね」
Z「わかりました。あっ,今,私おかしいことに気が付きました」
Y「ん,なんだい?」
Z「Yさんは,日本酒をたくさん飲んでいますが,私はお酒を飲まないから,もっと鰻を注文しないと,飲食代の『公平な分担』になりませんよね,すみません『白焼』ひとつください」
Y「……(おごるんだからそこは……)」
続く