2019年9月12日木曜日

【ワーカーズネット講座第44回】 ~労働基準監督官への申告方法~


【ワーカーズネット講座第44回】

~労働基準監督官への申告方法~



Y弁護士:声の大きい弁護士。最近,フランス語の勉強熱も冷めつつある。街中を我が物顔であちこち飛び回る「花粉」と格闘中。

Pさん:Yの大学時代の友人。IT企業を辞めて,現在転職活動中。



川崎のとあるフランス料理店にて。



Y「ハックション」



PBless you



Y「ありがとう。花粉症がひどくてね。」



P「そーいえば,『くしゃみをしたら,魂が抜けてしまうから,魂を戻すために神のご加護を唱える』という文化って,英語圏以外にも当然あるんでしょ。フランス語で何というの?」



Y「友人とか親しい人には,À tes souhaitsって言うよ



P「目上の人とかには?」

Y“À vos souhaits !”だね



P「へぇー,他に,フランス語を勉強してワインとかも詳しくなったりしたの?」



Y「いや,全然。大学時代に,講義で知ったAOCAppellation d'Origine Contrôlée)くらいしかわからないね」



PAOCって何だっけ?」



Y「原産地呼称統制というもので,フランスのワインとチーズといった農業製品に対し,一定の条件を満たしたものだけに与えられる品質保証のことだよ」



P「あー,そんなことを学ぶ講義もあったなぁ。」



Y「それは,ともかく,相談があるんでしょ」



P「大した相談じゃないんだけど,前の会社の数万円程度の賃金未払があってね」



Y「いや,重要な相談じゃないか」



P「どうしたらいい?」



Y「会社に請求したの?」



P「内容証明郵便で請求したけど,完全に無視された」



Y「ひどいな,未払賃金の額を証明できる資料一式はあるの?」



P「それは,自分で調べて完璧にある」



Y「一つの方法としては,労働基準監督署に,労働基準法違反の申告をする方法があるね」



P「それってどういうものなの?」



Y「労働基準法104条1項に基づく労働基準法違反の事実を労働基準監督官に申告できる制度だよ。すなわち,労働基準法104条1項には,『事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる』とあるんだ」



P「へえ。」



Y「賃金未払は,労働基準法24条違反に該当する事実だから,労働基準法104条1項に基づく申告を労働基準監督官にすることができるんだ」



P「なるほど。具体的にはどうするの?」



Y「管轄の労働基準署に,労働基準法違反に関する申告書と労働基準法24条違反に該当する事実を裏付ける資料を持参して,窓口で,『労働基準法違反の事実を申告しに来たので,労働基準監督官をお願い致します』と言えば,その後,労働基準監督官が対応してくれるよ」



P「その後どうなるの?」



Y「労働基準監督官が調査をし,未払賃金があると確認できれば,使用者に支払うようにと言ってくれて,支払われることが多いね」



P「全額支払えと言ってくれるの?」



Y「確たる証拠があったり,使用者が全額未払を認めれば,そうなるけれど,争いがあって,確たる証拠と言い切れなかったりすると,その部分について,支払ってくださいとまで言わない場合があるね。また,罰則はあるけど,民事ではないので,支払ってくれない場合に,強制執行できるかというとそれは,できないね。そうなると,後は弁護士に相談して,訴訟を起こすか労働審判手続の申立てをするか,労働組合に相談し,加入して団体交渉をするという方法で解決を目指すことになるね。」



P「なるほど。一長一短なんだね。申告にはお金はかかるの?」



Y「申告にあたって,お金はかからないよ。」



P「全然知らなかった。」



Y「そうなんだよ。『賃金未払のときにどうするのか』というとても大切なことについて,今の教育では,全然教えていないんだよ」



P「なるほどね。」



Y「また資料のことや,相談窓口のことについて,聞きたいことがあったら連絡してよ」



P「わかった。ありがとう」



Y「ところで,一つなぞかけを思いついた」



P「ん,なんだい」



Y「『未払賃金をもらえず生活ができない労働者』とかけまして,「その労働者が未払賃金があることを労基署に告げること」とと解く。」



P「その心は」



Y「どちらも『しんこく』(深刻,申告)です」



P「単純ななぞかけだね」



Y「・・・・・・(思いつかなかったというか,練る時間がなかったのだよ)」



つづく

2019年8月2日金曜日

【ワーカーズネット講座第42回 労働基準法上の「労働者」って何?】


Y弁護士:おなじみ,声が大きい弁護士。最近,統計学,疫学,フランス語を勉強中(約10時間の勉強で仏検4級を取得)。
乙:Y弁護士の中学時代の友人。現在,「請負契約」で,映画撮影技師として働いている。

 自宅にて。



Y「この料理美味しいでしょ」



乙「んー,なかなか美味だね。なんだい,このやや黄色がかったチーズみたいで,お餅のようによく伸びる食べ物は?」



Y「これは,『アリゴ』(Aligot)というフランス料理だよ。オーブラックという地方の郷土料理で,ジャガイモ,チーズをベースに,ニンニクやバターやオリーブオイル等入れて,肉料理の付け合わせでよく出されるものさ」



乙「へぇー。『アリゴ』って,芋料理に分類されるの?それとも,チーズ料理に分類されるの?」



Y「んー,両論あるらしいよ。まあ,何を芋料理と定義付けるか,何をチーズと定義付けるか,そして,『アリゴ』はそれらの定義にあたるかどうかなんじゃないかな」



乙「まあ,そうなんだろうね。ところで,ちょっと聞きたいんだけど,いいかい?」



Y「ああ」



乙「俺は,『事業主』なんだろうか,『労働者』なんだろうか?」

※ 川崎のあるそば屋にて。

Y「というと?」



乙「俺は,今映画撮影技師として,働いているんだけど,契約書には『業務委託契約書』と書いてあるんだ。」



Y「ほほう」



乙「でも,全く自由に働いているのではなくて,契約の相手方の会社の従業員から,細かいところまで指示された上で業務をしていて,一度断ろうとしたら,『お前に断る権利なんかない,解雇するぞ』と脅されたことがあったんだ。最初の頃,『こうしたらもっとよくなる』と従業員に言ってみたら,『言われたとおりやってればいい』って言われたんだ。裁量なんてありゃしない」



Y「働く場所や勤務時間も決められているの?」



乙「そうなんだよ。平日週5日,9時~17時,会社のスタジオに行くことになっているんだよ。残業代も出ないのに,他の会社の従業員と同じように,タイムカードを打刻しているんだ。遅刻すると,勝手に報酬から天引きされるし。一度,残業代がないことについて,会社に文句を言ったら,『労働者じゃないだろ,契約書のタイトルを読めないのか,お前は』と叱責されるし」



Y「報酬は,どのように支払うことになっているの?」



乙「1時間あたり2000円支払うことになっているよ」



Y「会社の他の従業員の給料と比べてどう?」



乙「だいたい同じくらいだね」



Y「機材はどうしているの?」



乙「会社が所有している物を使えって言われて,使っている」



Y「他の会社の依頼を受けてもいいの?」



乙「駄目って書いてある。」



Y「乙は,他の人を雇っている?」



乙「まさか」



Y「会社から貰ったお金は,事業所得として自己申告している?」



乙「いやしてない。残業代未払とかで労働基準法に反しているようにも思うんだけど,どうなの?」



Y「結論からいうと,乙は,労働基準法上の『労働者』に当たる可能性が高いね。そうだとしたら,残業代を請求したりできるし,報酬からの天引きも違法になるよ」



乙「そうなのか。でも,『業務請負契約書』って書いてあるけど?」



Y「労働基準法が適用されるかどうかは,形式できまるのではなく,労働基準法でいうところの『労働者』に該当するかどうかによって決まるんだ。『事業』に『使用される』こと及び『賃金』の支払いを受けていることが必要なんだ。」



乙「それってどう判断するの?」



Y「判断要素としては,主に,①仕事の依頼への諾否の自由,②業務遂行の指揮監督,③時間的・場所的拘束性,④代替性,⑤報酬の算定・支払い方法を判断要素とし,補足的に,⑥機器・用具の負担,報酬の額等に現れた事業者性,⑦専属性等を判断要素として判断するんだ」



乙「へえ」



Y「乙の話によれば,仕事依頼に対する諾否の自由がなく,業務の内容や遂行の仕方について指揮命令を受け,勤務の場所や時間が規律されているから,『使用され』ているといえる可能性が高いよね。それに,乙は,会社に専属的に従事しているし,他人を雇用してないし,機器も会社ものを使っているし,事業所得として自己申告してないしね。これらの事情に加えて,額,計算方法,支払い形態において,従業員の賃金と同質の可能性が高く,働いた時間に応じて定められた報酬を受け取っているから『賃金の支払い』といえる可能性が高いね」



乙「なるほど。ってことは,この会社は・・・・・おー!?ブラックか?」



Y「そうそう。今度,資料を持って相談に来なよ」



乙「わかった。でも,なんで労働基準法上の『労働者』に当たりそうなのに,会社は,そうじゃないっていうんだろう?」



Y「それは,本来労働者を守るために定められた労働時間規制などの労働法による規制を免れたいという動機があるからだよ。まったくもって,ひどい話だよ」



乙「ひどい話だ」



Y「他にも,労働者でなければ,社会保険料や消費税の負担を減らせるという動機もあるね」



乙「へえ。まあ,米を使う料理という意味で『米料理』,チーズを使う料理という意味で『チーズ料理』,芋を使った料理という意味で『芋料理』と定義付けた場合,ある人が,アリゴをいくら『米料理』と名付けても,客観的には,アリゴが米を使って料理されず,チーズとジャガイモを使った料理で以上,『米料理』とは認められず,『チーズ料理』『芋料理』と評価されるということと同じだね。」



Y「んー,非常にわかりにくい例えだけれども,自分なりに咀嚼できているようなので,まあいいか。ところで一つ謎かけを思いついた」



乙「なに?」



Y「アリゴの食文化が作られた地域とかけまして,労働基準法上の『労働者』であるにもかかわらず,事業主として働かされていたことを知った人の会社に対する評価と解く。」



乙「その心は?」



Y「どちらも,『オーブラック』です」



乙「・・・・・・ちと,無理やりじゃないか?」



Y「・・・・・・(なかなかネタが思いつかなかったんだよ)」



つづく

NPO法人ワーカーズネットかわさきに参加する弁護士の記事が弁護士ドットコムニュースに掲載されました。

NPO法人ワーカーズネットかわさきに参加する弁護士の記事が弁護士ドットコムニュースに掲載されました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190722-00009912-bengocom-life&pos=5