2016年5月16日月曜日

ワーカーズネット講座 第22回「 ~会社を辞めたら研修・留学費用は返還しなければならないの?~」


Y弁護士:おなじみ声が大きい弁護士。夜まで仕事をしているとよく顔色が悪いと言われているが,それは青ひげのせいであるとのこと。
A
:第2回に登場したY弁護士の大学時代の同級生。某ブラック企業で働いている。
 川崎駅の近くにある某美味しいとんかつ屋にて
Y弁護士「ここのとんかつ美味いでしょ!」
A「ああ,めっちゃ美味いなぁ」
Y「先輩弁護士に教えてもらったんだ。川崎駅周辺って美味しいとんかつ屋がたくさんあるんだよ」
A「へぇ-,じゃあ,これ食べたら,もう一件行ってみるか」
Y「とんかつ屋の『はしご』なんて聞いたことないわ」
A「おっ,ツッコミが静かになったな」
Y「そろそろ,声のボリュームの調整ができるようになってきたんだ。もう『第22回』だからな」
A「何の話?」
Y「こっちの話(笑)・・・・・・ところで,残業代をもらって,ブラック企業を辞めるって話はどうなった?」
A「実は,辞めたら留学費用500万円を返してもらうと脅されていて,辞められなくて」
Y「どういうこと?」
A「上司に,辞めると言ったら,6年前に1年間海外留学に行ったんだけど,その費用を全額返せっていうんだよ。そんなの返すお金もないから,居続けなきゃいけないんだよ。コンチキショーめ」
Y「会社と金銭消費貸借契約書とか取り交わしたの?」
A「いや,就業規則にそう書いてあっただけ」
Y「留学は,自分で『行きたいです』って言ったの? それとも,会社の業務命令で行ったの?」
A「会社から,社員教育の一環として,行ってこい言われて,行ったんだよ。俺は,アメリカには行きたくなかったんだよ。やっぱイギリスでしょ。」
Y「なるほど」
A「おっ,おまえもイギリス派か!」
Y「いや,そこに理解を示したわけではないから・・・・・・それで,向こうでは,仕事はしていたの?」
A「ああ,留学してたのに,現地の会社で仕事もしてたさ。しかも,俺は,留学したら向こうで法律学を専攻したかったのに,上司から『日本に帰ってきたら,デリバティブ業務をやってもらうから金融経済を専攻しろ』って言われて,仕方がなく,金融経済を専攻したよ」
Y「返還しなくてよくなる期間って定められていた?」
A「ああ,30年だった」
Y「辞めてから,いつまでに返さなければならないってことになっていた?」
A「辞めてから1週間で,留学費用を返せと。もし返さないとそれ以降は,月利3%の遅延損害金を支払え,っていう内容だった」
Y「ひどいな」
A「えっ,もしかすると,もしかす・・・・」
Y「るかもね。」
A「おお,マジか!? 一応会社のお金で留学に行ったし,会社も留学させたのにすぐに辞められたらたまったもんじゃないだろうから,自分が悪いかなって一瞬思ってしまったんだけど,どーゆー理屈?」
Y「労基法16条には,『使用者は,労働契約の不履行について違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない』と定めているんだよ。要するに,損害賠償額の予定を禁止しているんだ」
A「へぇー。どうしてそんな規定があるの? 確か,民法では損害賠償額の予定をしてもいいっていうことじゃなかったっけ?」
Y「ああ,民法の世界では,損害の立証の困難を回避して紛争の予防のために合理的だっていう話だよ。でも,それって,あくまで交渉力が対等の当事者を想定してるんだけど,労働契約って,労働者と使用者の間に交渉力格差があるよね。」
A「そうだね」
Y「そうすると,労働者にとって過大な賠償額を予定されちゃったり,労働者が契約期間の途中で退職したり,逃げちゃった場合の高額の違約金が定められてしまうことがあるんだよ。そのような高額な賠償額や,違約金が定められてしまうと,身分的従属や拘束・足止めをもたらすことになった,つまり,労働者が辞められなくなってしまって,いつまでも会社の言うことに従い続けないといけない関係になってしまう。これを防止するために,作られたんだよ」
A「なるほど。でも,就業規則の規定も含まれるの?」
Y「含まれるよ」
A「じゃあ大丈夫か・・・・・・あっ,でも,俺の場合って,『労働契約の不履行』なの?」
Y「鋭い。まさに,そこが問題で,企業が費用を負担して労働者に研修や留学するための費用について,一定期間内に退職したら,返還する義務があると定めた規定があった場合に,この義務に違反して退職することが『労働契約の不履行』となり,研修・留学費用の返還が『違約金の定め,又は損害賠償額の予定』にあたるかという話になるんだよ」
A「それで,俺の場合はどうなの?」
Y「話を聞いた限りでは,労基法16条違反の可能性があるね」
A「おお! でも,それって,どういう点に着目して判断されるの?」
Y「裁判例を分析すると,研修・留学費用に関する労働契約と区別した金銭消費貸借契約の有無,研修・留学参加の任意性・自発性,研修・留学の業務の程度,返還免除基準の合理性,返済額・方式の合理性等を要素に着目して,総合的に判断しているようだね」
A「だから,さっき,あんな質問したのか」
Y「そうだよ。今度,就業規則とか必要な資料を持ってきてもらった上で,詳細に話を聞くよ。」
A「ああ,頼む」
Y「あっ,たった今,『謎かけ』を思いついたよ」
A「藪から棒に何なんだよ・・・・・・ちなみに,どんな謎かけ?」
Y「『ブラック企業の残業代未払い』とかけまして,『留学先』と解く,その心は?」
A「・・・・・・わからん。正解は?」
Y「どちらも違法/異邦です」
A「・・・・・・最近は,国内の大学にも留学できるから,留学先は,必ずしも異邦じゃないけど? 駅前で留学っていうのもあるし」
Y「・・・・・・」

つづく

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